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2010/03/24  22:54    日帰りトンネル駅巡り
最近あるきっかけで鉄道熱が復活してきたので、青春18切符の残りを有効活用しようと思い、
新潟・群馬へ日帰りでトンネル駅巡りをしに行ってきました。

最初は土合駅が有名でそこしか知らなかったのですが、
調べてみるとあの辺はいろんなトンネル駅があることがわかり、
あの辺にある4駅のトンネル駅に行ってみることにしました。
行ったのは、筒石・美佐島・湯檜曽・土合です。
入念に計画をねった結果、なんとか1日ですべての駅を回りきれそうだったので、
実行に移してみました。

今回も写真が多いためアルバムにしたので、下記のURLから御覧下さい。
http://picasaweb.google.co.jp/RAIN.yukizora/DbRqJF#

長野から直江津を経由して富山方面へ。直江津から西へ行った4駅目が筒石です。
ここは今回行ったトンネル駅4つの中で唯一の有人駅です。
駅員さんがホームにある手すりについた水滴を吹いている姿が印象的でした。
線路は複線で、ホームが上り線と下り線と交互に設置されています。
P1000714_convert_20100324215434.jpgP1000729_convert_20100324215452.jpg

この後一回直江津駅を経由し犀潟駅でほくほく線に乗り換えて、
2つ目のトンネル駅である美佐島駅を目指しました。
この美佐島駅はおもしろい駅で下車後2分以内にホームから立ち去らなければなりません。
ホームには監視カメラが設置され、2分以上するとスピーカーで警告を受けるそうです。
しかも一度ホームから出てしまうとホームに入れるのは停車する電車が来た時だけなんだとか。
なぜこのように厳しいのかというと、この線路を「はくたか」という特急が
最高時速160kmで通過するため、ホームにいると吹き飛ばされてしまうからだそうです。
駅舎はまるで公民館のような建物で、周りには道路と川と変電所のみであとは何もありません。
辺は静かで、とても綺麗な畳敷きの待合室がよかったです。
P1000779_convert_20100324220305.jpgP1000786_convert_20100324220332.jpg

そして、ほくほく線で六日町駅まで行ったあとはまたJRに乗り換えて、
湯檜曽駅に向かいました。この湯檜曽駅は土合駅の1つ南の駅で、
土合駅同様に下り線ホームのみトンネル駅になっています。
ここまでくる時にはめずらしいループ線があり、なかなか面白かったです。
また、前までは大きな駅舎があったのですが、無人化の波とともに
駅舎が建て替えられ、とても小さな駅となってしまいました。
時間があったので湯檜曽の温泉街を歩いた時に
まだ営業している商店があったので、寄ってみたのですが、
とても愛想のよいおじいさんが経営なされており、
「電車が好きでいろんな駅を回ってるんです」とお話したら、
上越線の成り立ちとループ線の成り立ちをお話してくださいました。
とても面白い話だったので続きを読むの方に書いておきます。
P1000810_convert_20100324221758.jpgP1000844_convert_20100324221852.jpg

そして、下り線から土合駅に向かいました。
土合駅はテレビなどでたまに取り上げられているので知っている方も多いかもしれません。
下り線ホームから地上の駅舎まで486段の階段が立ちはだかり、約10分の時間を要します。
駅舎でもはやおやつの時間となってしまった昼飯を食べていると、
大型バスが来たので何かと思ったらツアーの目的地のひとつにこの土合駅が入っているようでした。
ガイドさんに連れられて土合駅の階段へ向かうツアー客。なんとも勇ましい。
無人駅なので、お金を払うことなく車で来てホームまで降りてみることも可能です。
P1000977_convert_20100324223157.jpgP1000980_convert_20100324222944.jpg

そして、普通列車で長岡まで行った後、快速くびき野に乗って新井まで行き、
終電の普通列車で長野へ帰りました。
なかなかハードな1日でしたが、4つのトンネル駅が巡れてよかったです。
同じトンネル駅でも、それぞれの駅が特色をもっており、飽きることはありませんでした。
ぜひ時間がある方は行ってみると面白いと思います。
ちなみに長野から行く人は始発で出発して終電で帰ることになるので、
覚悟して行った方がいいです。

続きに先程の商店のおじいさんのお話を書いておきます。
興味がある方はどうぞ。
さて、商店のおじいさんの話です。
たまたま遅い昼ごはんとしてパンを買おうと立ち寄ったのですが、
「よくこんな所まできたね」ということからいろいろと話をすることになりました。

まず、上越線ができることになった理由としては、
東京の物資を上越へ、上越の物資を東京へ送る物流の導線を作ろうとしたことが始まりらしい。
なかなか国鉄が重い腰を上げようとしなかったが、
当時の日本は朝鮮や中国へどんどん進出していたため、
東京の方から新潟へ早い移動ができるようにすることを目的に上越線が作られたそうだ。
しかし、群馬から新潟へは高低差が激しい地形を通過しなくてはならず、
まだ当時はあまりトンネルを長く掘ることができなかったため、
日本の技術者は山岳鉄道で有名なスイスへ勉強しに行った。
なので、スイスの鉄道によく用いられるループ線が湯檜曽にあるのもそのためらしい。
その後、単線の箇所を複線化しようという計画が立てられ、
今度は以前より長いトンネルを掘る技術があったため
湯檜曽から土樽まで続く長いトンネルが下り線として誕生した。
なので、土合駅の下り線はそのトンネル内に作られ、
地上にでるために階段を作った結果、あのような駅になってしまったそうです。

他にもいろいろお聞きしましたが、
とりあえず覚えているあたりを書きました。
やっぱりたまには知らない土地でその現地の人とお話するのもいいですね。
とても勉強になりました。
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